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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)10624号 判決 1992年8月31日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し二〇八万円及びこれに対する平成二年二月二〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、動産の仮差押を申し立てた原告が、仮差押執行をした執行官に目的物の評価の際に過失があったため、その後同目的物に対して強制執行をしたが被保全債権額に見合う配当金を受けられなかったと主張して、国に対して損害賠償を請求している事案である(国家賠償法一条)。

一  争いのない事実

1  原告は、昭和六〇年一二月二四日、井戸欣治(以下「井戸」という。)に対する売掛金債権二六六万七四〇三円を保全するため、大阪地方裁判所に動産仮差押命令を申立て(昭和六〇年ヨ第五六六五号動産仮差押事件)、同日仮差押決定を得た。

2  原告は、右決定に基づき、名古屋地方裁判所執行官に対して動産仮差押執行の申立をし、執行官甲野太郎(以下「甲野執行官」という。)は、同月二七日午後一時に、名古屋市<番地略>所在の井戸方の店舗「宝石の丸信」(以下「井戸方店舗」という。)に赴き、債権者である原告の代理人の福田征男(以下「福田代理人」という。)及び債務者井戸の立会いの下に、五〇〇万円の値札の付されていた飾り壺一個のみを二七〇万円相当と評価して仮差押し、債務者保管とした(以下この仮差押を「本件仮差押」という。)。

3  原告は、昭和六二年二月一七日、井戸に対し、前記1の売掛代金債権額からその後の弁済額を差し引いた残額一九八万一九〇三円の支払いを求めて、大阪地方裁判所に訴えを提起したが、昭和六三年四月四日、訴訟上の和解が成立した。

4  原告は、昭和六三年九月二日、右和解調書に基づき、名古屋地方裁判所執行官に対して動産強制執行を申立て、同裁判所執行官安藤哲男(以下「安藤執行官」という。)は、井戸方店舗において、井戸が本件飾り壺以外には同所に井戸所有の動産が存在しないことを疏明したため、本件飾り壺以外には差押に適した動産がないと判断し、本件飾り壺を八〇万円と評価した上で差押え、債務者井戸の保管とした。

5  右強制執行にかかる本件飾り壺の売却期日は、昭和六三年一〇月一九日以降三回にわたり開かれたが、買受人が参集せず、四回目の平成元年七月一七日の売却期日において買受希望者が一名訪れたが、その際本件飾り壺に疵やひび割れ(以下これを「本件疵」という。別紙図面参照)があることが判明したため同期日においても売却に至らなかった。

結局、本件飾り壺は、平成元年九月二六日の五回目の売却期日に一二万円で売却されたが、原告は、売却金のうち五万九七二〇円の配当を受けたにとどまった。

二  争点

(原告の主張)

1 甲野執行官の過失(本件飾り壺の適正価格の評価義務違反)

甲野執行官は、本件仮差押の際に、本件飾り壺について、疵の有無やその価値について慎重な調査をし、その価額を適正に評価する義務を負っていた。

しかしながら、甲野執行官は、① 本件仮差押当時、本件疵が存在していたにもかかわらず本件飾り壺の状態を十分調査しなかったためそれを見落とし、また、② 仮に本件疵が本件仮差押時に存在していなかったとしても、値札の表示価格及び立会人井戸の説明等を軽信し、それを評価の基準とする等して本件飾り壺の価額を二七〇万円と評価したものであり、本件飾り壺の価格を適正に評価する義務を怠った過失がある。

2 因果関係及び損害

(一) 甲野執行官は、右過失により本件飾り壺の価額を二七〇万円と評価し、右金額が本件仮差押の被保全債権額を超過していたことから、それ以外の井戸方店舗内の動産については仮差押を執行しなかった。

(二) そのため、安藤執行官は、その後の前記強制執行の際に、井戸所有の動産のうち本件飾り壺しか差し押さえることができず、原告は、結局、本件飾り壺の競売手続による配当金を受けるに留まり、井戸に対するそれ以外の残債権を回収することができなくなった。

したがって、原告は、甲野執行官の前記過失によって、井戸に対する右残債権を回収できなくなり、これによる損害を被ったということができる。

(三) 損害額

(1) 安藤執行官による前記強制執行時点での

原告の井戸に対する前記残債権額元本

一九八万一九〇三円

(2) 右元本に対する昭和六三年八月一日から

平成元年一一月三〇日までの遅延損害金

一五万八六六〇円

(3) 本件飾り壺の競売による前記配当金

五万九七二〇円

よって、甲野執行官の前記過失によって原告が回収できなくなった井戸に対する残債権総額は、二〇八万〇八四三円である((1)+(2)―(3))。

(被告の主張)

原告主張のとおり甲野執行官に過失があったとしても、原告は、本件仮差押における甲野執行官の処分について執行異議の救済手段をとるべきであった。しかしながら、原告は、右の救済手段を取らなかったものであるから、右処分によって損害を被ったとしても、特段の事情がない限り国に対してその賠償を請求することはできない。

第三  争点に対する判断

一  本件仮差押について

前記争いのない事実記載のとおり、甲野執行官は、本件仮差押において本件飾り壺を二七〇万円と評価したが、それは、白龍という有田地方の無名の一作家の作であり、本件疵がなかった場合でも鑑定によればその価格は二五万円程度にすぎないものであった(<書証番号略>、鑑定の結果、証人福田、証人甲野、弁論の全趣旨)。

そして、本件飾り壺等の美術品については一般人には評価が困難な場合も多く(弁論の全趣旨)、甲野執行官も、壺等の美術品について評価する能力を有しておらず、本件飾り壺に関してもそれが有田焼であるとの評価しかなしえなかったのである(証人甲野)。しかしながら、甲野執行官は、専門家に本件壺の評価について意見を求めること等をせず、単に差押物の値札における表示価格や債務者の説明に基づいて評価をしたにすぎないものであり、また、井戸方店舗に差押に適した物件が他にあるか否かについて特に検討していない(証人甲野)。

以上の点を総合すると、本件仮差押において甲野執行官がした本件飾り壺についての評価等に全く問題がなかったとまではいい難い。

二  ところで、執行官の仮処分の執行等については、その執行手続の性質上、民事執行法に定める救済の手続により是正されることが予定される場合には、執行官みずからその処分を是正すべき場合等特別の事情がある場合を除いて、債権者が右の手続を怠ったため損害が発生しても、その損害の賠償を国に請求することはできないと解すべきものである(最判昭和五七年二月二三日民集三六巻二号一五四頁参照)。

そして、原告が主張するように、甲野執行官が本件飾り壺を適正に評価してさらに他の商品をも仮差押すべきであったのにそれを怠ったのだとしても、このような場合には、原告としては、民事執行法が予定する執行異議(民事執行法一一条)の方法によりその救済を求めるべきであったところ、原告は、執行異議を本件において申し立てていない(弁論の全趣旨)。

したがって、執行官においてみずから本件仮差押の執行に関する処分を是正すべき特別の事情があったことについての格別の主張立証のない本件においては、原告が、民事執行法上の執行異議の手続による救済を求めることを怠ったため損害が発生したとしても、その賠償を国に対して請求することはできないものと解するのが相当である。

三  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

(裁判長裁判官 中田昭孝 裁判官 小見山進 裁判官 青沼潔)

別紙 図面<省略>

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